長野重一写真集『香港追憶 HONGKONG REMINISCENCE 1958』

 今年の頭でしたか、新宿御苑蒼穹舎ギャラリーでの展示で、長野重一さんの昔の写真を見ながら、写真はそれを見る時代によっては、写真そのもの以外の要素が写真を見る上に覆い被さって、違うものに見せてしまう事があるものだなあと実感しました。

長野さんと言えば、名取洋之助のもとでの「週刊サンニュース」や「岩波写真文庫」を経て、日本のドキュメンタリー写真の重要人物として、戦後日本の高度成長期を捉え、時代の優れた随伴者という評価が一般的だと思います。僕も昔見ていたときは時代のニュースとして、そうした写真を見ていたし、また実際当時の雰囲気を的確に捉えてもいたのです。ところが、そうした時代の熱気が遠い彼方へ消えてしまった今見ると、写真そのものが見えてきて、長野さんの写真が持つ独特の対象との距離感が、魅力的にそこに現れてきていました。 

蒼穹舎から先頃出た長野重一写真集『香港追憶 HONGKONG REMINISCENCE1958』は、1958年10月はじめに長野さん初の海外体験となる香港の街角で、野良犬のように黙々と歩き回って撮影した作品群。そこには戦後の日本が急速に失っていった町の温もりと熱気が醸し出ています。日常的な街角だけでなく、禁断の地である九龍城の阿片窟も撮影され、香港の表と裏がさり気なく浮かび上がってきています。ちなみに阿片窟を撮影した事で、香港政府ににらまれ、再び香港を訪れるまで10数年の歳月を待たなかればならなかったそうであり、阿片窟へ向かったルポライターのなかには、その姿を二度と誰も見るものがいなかったという危険地帯であったにもかかわらず、写真はそうした危険さやスリルとは関係なく、静かに香港のありのままを映しています。この写真集でも、展示で見たかつての日本の風景を捉えた写真と同じく、不思議な対象との距離感が持つ魅力が醸し出ていて、見ているうちに時代を超えた写真の魅力にはまっていきます。(文:悦)

book data:
title: 長野重一写真集『香港追憶 HONGKONG REMINISCENCE 1958』
publisher: 蒼穹
author: 長野重一
price: 3990(税込)