『FLOATING フローティング』

半袖のTシャツだけで過ごせる気温になり、夏も近づいた感じが強くなりました。回りでも旅行の話題が増えてくる時期になってきたなあと、そんなことを考えながら棚を眺めていたら、目に入ってきたのが坂本政十賜さんの写真集「FLOATING」でした。


この写真集は、坂本さんが2004年にパリの外周道路を歩きまわったり、パリ北部郊外を訪ねたりした際に撮影されたもので、パリの中心部の19世紀的な街並とは異なり、現代的で、平凡な街の風景が捉えられています。しかしながら絶妙に配置された構図と、冬のパリ特有の青白い光とともに隅々まで繊細に写しだされているそのプリントからは、多国籍移民が暮らすパリ郊外の現代的な街のリアリティーが感じられます。そしてこの写真たちからはなにか言い知れぬ不思議な気配が漂います。それは何だろうと思いながら見ていて思ったのは、坂本政十賜さんの写真には、被写体との独特の間合いともいうべきものがあり、一見距離を取って近寄らない姿勢での写真のようなのですが、そうした場合によくある孤絶した対象とのコミュニケートを拒むようなものではなく、距離はあるのに不思議にインティメイトな肌触りがする写真になっていることです。

実際、パリの郊外の人々の姿はどの写真でも少なく画面上では孤絶した状態に置かれているはずなのにも係らず、その人々は活きづいています。写真を見ているうちに見る側はこの郊外の街の日常にいつの間にか不思議にはまり込んでいくのです。しかし、坂本さんの写真について、冷静に考えると、それは無理矢理街の印象をはめ込むような映像ではなく、街のありのままの姿がさりげなく存在していて、その自然すぎる距離感を保つことは、逆に極めて難しいものなのではないだろうかとふと感じるのでした。 (文:悦)


book data:
title: 坂本政十賜写真集:『FLOATING フローティング』
publisher: エスパス・ヴィッド
author: 坂本政十賜
price: 2310(税込)