石田紘一写真集『山襞の村物語〈北上1963〜1973〉』

先日友人が「昔の写真集は暗いいんだよね、どうも苦手でさ」と言っていた。「50〜70年代ぐらいまでのは特にそう思うんだよ」。モノクロで撮影していて、テーマも貧しさや孤絶した心情を反映した否定的なものが多く、そうでなければ人間の本質が捉えられていないという決めつけがあるようで、その押し付けられた感覚が苦手だというのがそう感じる理由らしかった。


まあ確かにそんな面もあるかなあとは思いつつ、そうだっけとその場は聞き流していた。店で、石田紘一さんの新刊写真集『山襞の村物語〈北上1963〜1973〉』を見ていたら、先日友人が言っていたことをふと思い出した。かつて日本のチベットと呼ばれた東北の過疎の山間集落をモノクロで撮影しているとなると、彼だったら、手に取る前から、もう暗い寒々とした、雪に閉ざされ、心も閉ざされたような風景を思い浮かべてしまうのではないだろうか?

ところが、実際に手に取ってページを捲ってみると、そこに現われるのは、暗く否定的な世界感ではなく、妙に明るくテンションの高い、愉しげな笑いに満ちた生命力ある人々の姿なのだ。面白いなあと思いながら最後に石田紘一さんのテキストを読んだら、これは全て、村人たちを役者に見立てた村芝居だという。確かに石田さんがテキストに記した「演出することにより、長い歴史の中で脈々と続いてきた日本の農村の姿、つまり土俗的な風習、信仰、性であったり土に生きる力強さ、 誇り、気高さまでもが浮かび上がってきたように感じた」が滲み出ている。

でも、この写真集が持つ魅力は演出だからそうだというだけでもないなあと見ているうちに思えてきた。それだけなら、題材といい、モノクロであること、写真の70年代的な白くっきりした焼きの感じといい、僕の友人が言うような暗い世界から踏み出さない気がする。何だろうなあと思いつつ見ていたら、楽しげに芝居する大人たちの姿に、遊んでいるだけとしか見えない子どもたちの行き来した姿が交じりあう構成によって、その生き生きした人々の姿の背景にある、村の生活の舞台である自然風景や家屋、道具といった生活舞台そのものまでもがいつの間にか入り込んでくることに気付いた。

このさり気ない構成によって、白のくっきりした焼きの感じも実はとても合っているように思えてくるし、自然のなかにあるこの土地と人々の活き活きとした肯定的な魅力に見る側も巻き込まれ、その写真の魅力をより深く活かしているのだと思えてきた。実際店のスタッフの20代の若い女の子たちも、先入観を持つことなくこの本を手にし、素直に気に入っているのも、この写真の魅力が見える本づくりの力かもしれない。やはり、友人がいう暗さや押しつけとは違う写真そのものの魅力がさり気なくここにはあるように思う。 (文:悦)

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title: 石田紘一写真集『山襞の村物語〈北上1963〜1973〉』


publisher: 蒼穹
author: 石田紘一
price: 3360(税込)