野上眞宏写真集『NEW YORK HOLY CITY サイン本』

ニューヨークへは一度しか行ったことがない。プロジェットを始める時に、ニューヨークの書店を見たくて行ったきりだ。ヨーロッパの書店はフランスやイタリアを中心に、大型店から専門店まで、それなりに見て回ってたけど、ニューヨークは聞いた話だけだった。結局、さほど参考にはならなかったけど、街としては行って良かった。想像と違って、イメージを一新できたので。

特に、ブルックリンの街。旅行前からどうしてもブルックリンは行ってみたかった。父親が子どもの頃過ごした街だったので、聞いて思い描いてたイメージを実際に見ることで確かめたかったからだ。ずいぶん道に迷った末に父の住んでた家も見付けることが出来、ハドソンリバーの向こうに見える自由の女神の姿に、父の語ってた街の姿がしっかりと認識できた。そしてこの年の暮れに父は亡くなったので、今となっては本当にこのとき行っておいて良かった。

ニューヨークの街を撮った写真集は世界中でものすごい数刊行されている。しかしなぜかブルックリンの街を撮ったものは少ない。おそらく普遍的なニューヨークの街のイメージにそぐわないからだろう。普遍的な街の姿というのは意外とそこにあってそこにないようなものという気がする。どこか観光客向けのもののような。街はやはり実際にそこに滞在し、自分で歩き回ったり佇んだりすることで初めて、実際の街の姿が自分の中に見えてくる。そうした内面と記憶のせめぎ合いから出てきたものがどう映像に定着して行くのかを見るのも写真を見る愉しみのひとつだと思う。

長年ニューヨークに暮らす野上眞宏さんが1997年に刊行した写真集『NEW YORK HOLY CITY』は、ブルックリンやブロンクスなど、マンハッタンに代表される定着した普遍的なイメージではないニューヨークの街を忠実に捉えることで、かつてアジェがパリの姿を人々の内面に深く刻み付けたように、ニューヨークの街の持つ多層的な姿を見るものの内側に深く刻み付けてくれる。
そういえば、この旅行のとき、野上さんにメトロの入口の前で撮ってもらった写真がプロジェットの創業写真だった。それもニューヨークのいい思い出だな。やはりニューヨークに行って良かった。(文:悦)





book data:
title: NEW YORK HOLY CITY サイン本
publisher: 美術出版社
author: 野上眞宏
price: 4935(税込)